すとんと刺さる

ゆるいおたくのよしなしごと

かたなの話

京博で行われてる「京のかたな」展に行ってきました。

比較的空いている日でゆっくりじっくり観ることができたんだけど、展示物の多さに最後のほうはなんだか意識朦朧としてた気がします。あんなに刀を見たの人生初めて。

もしこれから予定している方がいらしたら、一回最後までざっと流し見て、それから改めて気になる刀に時間をかけるのをお勧めします。圧倒的な刀の数に記憶飛んでってしまうから…

とはいえ三日月宗近はぞっとするほど美しかったし、へし切長谷部は黒田家で大事にされてきたことがわかる状態の良さで立派な刀でした。

一番印象的だったのは後藤藤四郎かな。粟田口の刀は基本的にどれも緻密で端正なつくりで、ゲームがあのお揃い衣装になるのも納得だったんだけど、その中でも異彩を放って独特の存在感がありました。名刀であるとされた逸話も興味深かったです。後藤くんが粟田口派の中ではちょっととんがったデザインなの、なるほどなーという感じ。

 刀ステ好きとしては、三日月の優美な姿は明らかに実用を目的としたものでないこと(なんてったって細い)、でも視線の高さで見る切っ先はなんでも切れそうなくらい鋭いことに切ない気持ちにもなりました。義輝様が抜いた刀の美しさにはっとして手を止めてしまうのもしかたない…

長谷部なんてそりゃあ圧しきりますよねってくらいしっかり幅も厚みもあるんだけど*1

 

悲伝円盤の発送完了メールが届きました。

大千秋楽から3ヶ月、私が京都劇場で観劇してからは4ヶ月が経ちます。予約したときは果てしなく遠く感じたけど、あっという間だったなあ。千秋楽をライビュで、その後明治座公演も配信で観たのに、結局感想らしい感想をまとめられずにこれだけ時間が経ってしまいました。

初見時には膝が崩れ落ちる気分を味わい、千秋楽ではまた別の衝撃にがっくりきて、少し時間を置いて配信を観たときにはだいぶ落ち着いて考えられるようになったけど、結局感想の大まかなところは最初とあまり変わっていません。

「なんだってこんなことに」

今でもちょっと思ってます。あの本丸は、なんだってあんなことに?

思えば今までの時間は、その「なんだって」という気持ちを自分なりに整理する時間でもありました。

そのほうが楽しいというごく単純な理由から、物語の結末はハッピーエンドのほうが好みです。でもそうはなれない物語があることも知ってるし、すべてハッピーエンドとバッドエンドに二分できるわけがないこともわかってる。

だから、私は納得が欲しい。理論づけられても力づくでもいいから、理解するより納得したいのだと思いました。

三日月はなぜ円環にとらわれたのか。

けれど語られていないことに答えはもちろんなく、私の納得したいという気持ちはまだ宙ぶらりんに浮いたままです。

ただ、ひろきすずき氏の三日月にはひどく説得力があって、あの三日月が言葉より刃もて語らおうと言うと、そっか、そうだな、刀を交えてこそよな…て危うく(?)納得させられてしまいそうになる。でもやっぱり冷静になると「刃もちてじゃねーーー!!」とちゃぶ台ひっくり返したくなって。もっと!言葉にして!!

この合点のいかないやりきれなさは、きっとあの本丸の多くの刀達も感じていることなのでしょう。そして、刀達と感情を共有することができていたなら、それは確かに私もこの作品を楽しんだということなのかもしれない。納得できてないけど、それも込みで、この舞台を体験できたのかも。

円環は終わらない。日常は続く。その先に何かがあるのなら、それを知りたい。

しかし改めて、初演と再演の左右反転の演出は凄いね。演劇ならでは、舞台ならではのループの表現。悲伝の台本を初めて読んだとき、虚伝を経た彼らはどう思ったんだろう。義伝で小さな円の中でのループを知った彼らは。そのへんの表情が、明日(もう今日になってしまった)届くBDでも、12月に出るドキュメンタリーでも残ってないものかな。

 

今日、刀ステ悲伝が私の手元に届きます。

 

*1:反りが少ないのもなんだか長谷部っぽかった